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2007-07-19(Thu)

貧乏だけど、自由だった

SANY1671

 Leiちゃんの記事を読んで、あたしも思いだした。

 あたしも、相手が友達だと言うから、そして、家に呼ばれたから行ったことがある。

 帰りには、なぜかいろんな物を持たせてくれる。施設を出たばかりで、日々の生活にも困窮していたから、ありがたかったけど、段々と誘われても行くことが出来なくなったの。

 友達と称する友人は、「くれる物はもらっとけば…」と鷹揚に構えていたけど、もらう一方の立場のあたしは、卑屈な気持ちになるのを抑えられなかった。

 対等な友人関係は、おなじような生活環境でなければ難しいと思うの。
SANY1226

 施設を出たばかりの頃は、本当に貧乏だった。

 テレビの一ヶ月一万円生活を見ると、複雑な気持ちになるの。あれは番組で、一ヶ月経ったら普通の生活に戻れるし、期間限定で、限界に挑戦する楽しみもあるし、延々と貧乏生活が続くのとは違うの。

 昔は、パンの耳をパン屋さんでただでもらえたから、「すみません」と頭をさげて飢えをしのいだことが何度もある。
※「ご自由にお持ちください」と張り紙がしてあったから、もらっていいんだと思ったの。

 また、八百屋さんで屑野菜をもらったりもした…。ちょっと痛んでいるけど、食べられそうな野菜が、段ボール箱に捨ててある感じなので、「これ売り物ですか?」と聞いたら、捨てる野菜と知って、もらってきたの。

SANY1683

 ただひたすら貧乏だった。親なしの15の小娘が、一人で生きて行くのは、ただ大変だった。
 でも、施設に戻りたいと思わなかった。貧乏でも、誰にも侵入されない自由があった。あの塀の中には、飢えないけど、束縛され、侵入され、隷従し、飼い慣らされる日々があった。

 貧乏だけど、あたしは自由だ。

 それが、中学校を卒業して、施設から社会に出た、15才のあたしの感覚だった。

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 情け容赦ない世界だね。十五歳、あまりに過酷だと知るのは子を持つ年齢になったから。
  
  それまではただひたすら生きていたし、ただひたすら無知で、ただひたすらまっすぐだった。

 生きるだけで精一杯の施設全部育ちがいるという事を発信するたびに時々虚しくなる。でも、このような現実を生きる子が居ない事にしたくない。
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