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2007-09-22(Sat)

Edwardさんの意見書を読んで

一面のそばの花

 Edwardブログに掲載された九州大学の田嶌教授の学会発表抄録を読んだの。

児童養護施設における児童間暴力(日本心理臨床学会第25回大会発表抄録,2006)
児童養護施設における施設内暴力への包括的対応(日本心理臨床学会第26回大会発表抄録,2007)

 ああ、この方は、養護施設における子ども同士の暴力・性暴力を正しく捉えている、と思ったわ。
ミツバチ、頑張っているわね。生きるために…

 養護施設の最大の問題は、子ども同士の暴力なの。ここで「子ども同士」というと、対等な関係だと誤解されるけど、現実は、大きい子から小さい子へ、強い子から弱い子への暴力、性暴力なのね。
 
 あたしは、こう思っている。
 
 養護施設の問題を語っている施設出身者は、まったく暴力を振るわなかった子か、自分のした暴力に口をぬぐって知らん顔している人だけなの。
 多くの施設出身者は、被害も受けたけど、加害もしているから、自分の被害を語ると、加害を責める自分の声もするから、語れなくなってくる。
 
 日向ぼっこの主張も、市長になった草間さんの論文も、「親が育てられない子どもたちを家庭へ」という主張がまったく見られないの。

 「児童養護施設を理解して欲しい」というけど、どのように理解して欲しいのかが見えない。
 そもそも、理解してもらったからといって、子ども時代の全てを施設で過ごすことがどう変わるわけ?
 
 子ども時代の全てを施設で育つ子どもが1割いることには眼をつぶり、「養護施設改善運動」にうつつを抜かすのは、あたしには理解できない。

あたしはソバ喰いと言われる程、ソバが好き。養護施設では、ソバなんてカップ麺しか食べたことがないの。日本の伝統的な食べ物なのに…
 
 施設内虐待、施設内児童間暴力、中卒問題(高校中退も中卒なのよ)など、現状を改善する活動を反対するものではない。むしろ、施設内虐待を許さない会などには頑張って欲しいと思っている。
 
 日向ぼっこのような、集まれる人たちで集まることを否定もしない。「当事者の仲良しクラブ」的なものは、勝手にやればいいと思う。
 だけど、あたしは、施設の集団が恐い。施設育ちと会うと思うと、足がすくむ。LeiちゃんやWolfさんとは、ようやく会えるようになったけど、他の施設育ちと会うと考えただけで、気が狂いそうになるの。
 
 話が逸れたわ。
 
 これらの養護施設改善闘争も必要だけど、
 第一優先にすべきなのは、子どもたちを家庭に行かせることなの。
 
 日向ぼっこの意見書には、そんな意見はかけらも無かった。
 草間さんの膨大な論文も、施設を縮小し里親優先のカナダまで取材していながら、施設制度から里親制度への移行の提案すらない。
 
 親が育てられない子どもは、どこで育つのが幸せなのか考えて欲しい。
 
 というわけで、あたしは、Edwardさんの意見書を支持するわ。

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匿名で書かれると、コメント内容に意見できないです

このブログには、「管理者だけにコメントを表示 」する機能があります。

 まあ、機能があるので、それを使うのは自由なのですけど、表に出されていない匿名意見に対して、それを引用した意見を言うことはできないし、書いた人のハンドル名も出せない。

 公然と意見を交わしたいあたしにとっては、ちょっとややこしい機能です。

 内容的には、全然問題ないと思うけど、ひとつのケースとして出すには守秘義務に関わるのかもしれない。

 年齢を変えるなり、もっと一般化した表現にしたりして、匿名性を高めて、よくある話として書いて欲しいと思いました。
 でないと、匿名の方の一方的書き込みになってしまいます。

 差し障らない程度にひとつだけ。
 この忠誠葛藤「ロイヤル・コンフリクト」については、もっと議論されるべきだと思うの。
 でも、そもそも里親や施設職員、その他子どもにかかわる大人の常識の問題もあると思うのよ。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

里親の質の問題VS家庭を知らずに家庭を作る問題

Yo-koさん、こんにちは。

 家庭で虐待を受けた方は、 よく、養護施設(たぶん虐待のない施設)  VS 虐待家庭 の対比で、ねじ込んでくるか違います。
 あたしたちは、その度に、比較するのなら、虐待のない家庭 VS 虐待家庭 で議論して欲しいと話しています。

 yo-koさんも、

 駄目な里親 VS よい養護施設

の対比で議論をすり替えようとしている印象があります。
対比で議論したいのであれば、

 良い里親 VS 良いといわれる養護施設
 または、
 普通の里親 VS 普通の養護施設(なにが普通かの定義も必要でしょうけど…)

>大切なのは、形ではなく、その施設でも家庭でもよいから、行われている「養育の質」の問題なのだと思います。

 一人の職員がひとときに20人の子どもをみるのは、「養育の質」としてどうなのでしょうか?

>そして、その質は、里親家庭ならば家族やその子ども自身の育ちの過程で、

 いいえ、里親は原則として入れ代わりませんでしょう? そして、子どもと共に年を取っていく里親家庭を「質の変化」としてマイナスイメージを持つのであれば、一般家庭でも、子どもの成長と共に変わっていく子育ての「質」も、問うべきではないかしら?

>施設ならば職員の入れ替えなどで簡単に変化し、一定の水準に保つ事は、どちらにおいてもとても難しいことだと思います。

 3、4年で職員が辞めていく、一年ごとに担当職員が変わっていく、部屋替えで子どもたちがシャッフルされていく。継続した関係が続かないことと、「質の変化」を混同していませんか?

 「一定の質」を問うのであれば、年を取らないロボットに子どもたちを見させればいいと思います。

 家庭養育のすばらしさは、親(里親)が、子どもと人生を共にし、共に年齢を重ね、変わらない絆を作り続け、最後には、親自らの「老い」を子どもに見せることだと思っています。

 あたしたちは、短期間の養護施設入所まで否定していません。長期間、それこそ、子ども時代の全てを施設で過ごすことは虐待であると主張しています。

 どうか、問題をすり替えないで欲しいです。

 里親家庭をサポートするなかで、たしかに、資質に問題を感じる里親に出会うこともあるでしょう。

 でも、それは、「里親vs施設」の問題ではなく、「里親認定の問題」「里親子のマッチングの問題」「里親支援の問題」だと思います。

 あたしの知っている里親sidoさんは、講演でこんな話をしていました。

「里親に愛着障害の子どもを丸投げし、
 里親を教育もせず、支援もせず、
 問題を起こす子どもに悩む里親に
 愛情が足りないと責め立て、
 里親不調になったら里親は駄目だとこき下ろす。

 里親委託が失敗したということは、
 里親委託を行う行政が失敗したと言うことだ。
 本来、行政が負うべき責任を、
 善意の里親が一方的におわされている。

 里親が子どもを虐待したら、子どもを殺したら、
 措置権者である都道府県が責任を負う。
 そんな里親を認定し、
 認定した里親を支援なく放置し、
 結果として、里親がつぶれる。

 日本には里親はいるけど、
 里親制度はない。

 制度とは、里親を認定し、
 必要なレベルまで教育し、
 継続した支援を行い、
 必要ならば、介入をする。
 それら一連の業務が、どこの都道府県でも遅滞なく行われる。
 それでこそ、制度といえるのだ」

 こんな話をしていました。
あたしは、テープを起こしながら、うなずいていました。

 YO-KOさんの、里親のカウンセリングを受けながらのやりきれない気持ちは分かります。でもね、そもそもカウンセリングを必要としないで、質の高い養育を行っている里親さんや、里親サロンなどで、里親同士でシェアし合い、YO-KOさんの支援組織を必要としない里親さんも多いのでしょう?

 最悪ケースばかりを見て、このような論旨を展開するのは、森の中の腐った木をみて、森全体を病気だと診断する危険な行為なのよ。

一度も家庭で育った事のない子ども達の問題


 はじめまして、Yo-koさん。福祉の職員の方だったのですね。

家庭VS施設?

 わたしはレイという名の、養護施設全部育ちです。わたしは家庭の問題と施設の問題はバーサスモードで語るものじゃなく、全く別の問題を持っていると思っています。それぞれの問題をきちんと考えなくてはいけないと思っています。

 混合収容施設の中で、ただ要養護児童だけが、施設で全部育てられてしまう事、家庭を全く知らない事の問題を訴えています。家庭の被虐待児や虞犯少年の受け皿である児童養護施設では、親から捨てられた子ども達の問題である要養護児童の問題を解決しきれないという事を言っております。

 単純に家庭で一度も育てられずに全ての子ども時代を養護施設で育つ子ら(要養護児童)がいる問題を語っている事が、家庭VS施設という論旨になる事こそ不思議です。

 施設だけで育てられる事で、一度も家庭を体験した事がないという事で、将来問題を1人背負い、家庭を維持できなくなる恐れのある要養護児童の問題は、虐待のあるなしの前に、固定された人間がいるかどうかの問題なのです。
 
 家庭を知っている人に理解し切れないないと思いますから、資料を色々読んでくださる事を願います。


家庭VS施設?

はじめまして
私は、児童福祉施設に勤めたあと、子どもたちにとってどうしても施設生活がいいと思えずに、今は、里親家庭をサポートするある団体に勤めています。

私も、長らく子どもは家庭で育てられるのが一番だと思っていました。
でも、里親家庭で、どうしても里親さんと相性のあわない子どもたちや、里親さんもいろいろな人がいるということを知るにつけ、「施設か家庭か」という論議は意味の無いものだと思うようになりました。

大切なのは、形ではなく、その施設でも家庭でもよいから、行われている「養育の質」の問題なのだと思います。そして、その質は、里親家庭ならば家族やその子ども自身の育ちの過程で、施設ならば職員の入れ替えなどで簡単に変化し、一定の水準に保つ事は、どちらにおいてもとても難しいことだと思います。
その子どもにとって本当に必要なことは、100人いれば100人違うそれぞれの子どもにぴったりな質の良い養育を用意してあげることだと、つくづく思います。

当事者の方たちが切実に『すべての子どもに家庭を」と願っておられるのは当然な事で、私がこのような意見を述べる事は大変失礼な事かもしれません。
でも、是非、どちらが望ましいか?ではなく、『施設も家庭も』という包括した考えの中で、その子どもにとってぴったりした場所と、それぞれの場所で行われるケアの質の向上について、訴えていっていただきたいなあと思い、思い切って書き込みました。

mariaさん、こんにちは。
Mariaさんと、Leiさんの記事を読んで、
自分のEDWORDさんへのコメントをもう一度
読み返して、自分の内面をよくよくふりかえりました。

子どもが、自分のようにそだってはならないと思う。
暴力的な価値観とスキルだけを発達させて、
さながら少年兵のように小さいころを過ごし、
措置解除後はよるべのない退役軍人のように
生きざるをえない、このシステムを憎んでいる。

すべての子どもが、あの、子どもしかいない
戦場から助け出されてほしいと思う。

施設出身者同士の自助活動が推進されても、
私は多分行かない、怖いから。
Mariaさんたちのブログを読んだり、
書き込んだりするのにも、勇気がいります。
決してそんなことにはならないはずなのに、
リアルで拳骨が飛んでくるような気がする。

では、どうしたらいいの?私のように子どもがそだたない
ようにするためには「施設を良くすればよい」。

自分でも、ここに奇妙な思考のねじれがあるのがわかります。
この手のねじれは、いままでもいくつかあったのだけれど・・・
自分の生育養育環境を憎みながらも、否定し切れない
気持ちがあるのかもしれません。
里子として迎え入れられることのなかった自分の
ルサンチマンなのかもしれません。

でも、ねじれは苦しくても辛くても、見えにくくても、
矯正しなくてはならない。

私は、ここのところある仕事をしています。
適切な養育環境を経ず育った成人が対象のその仕事は、
最終的には、適切な養育環境にいない子どもに
フィードバックされていくことを目的としています。
仕事を正しく成し遂げるために、身を正す意味でも、
自分の視点にかかっている
バイアスへの自覚は必要なことでした。
私は、無理にでも、間に合わせなくてはなりません。

MariaさんとLeiさんのための場所で自分の思いを吐露して
しまい、申し訳なくおもいます。
気づきを与えてくださったお二人へのお礼を書くつもりが、
このような長文となってしまいました。お許しください。








もう間に合わないかもしれない自分にできる事

 養護施設全部育ち自身さえ、自分の問題に気付けない。自分が世間に壁を感じたり、訳の判らない衝動とかを持ってもる事の謎が判らない。

 判らない事が多すぎるのが施設全部育ちの問題とさえ言える。でも資料などを読み、勉強する事によって、自分がどのような養育環境出身なのかを知る事ができた。知識を持つ事はとても大事な事だ。

 養護施設の事を誤解していた、わたしも。

 わたしも職員が語る幻想どおりの養護施設だと思っていた。虞犯少年がいる事も施設内暴力がある事もあまり考えた事がなかった。それが要養護児童にとってどれ程のものか知らなかった。

 だから施設さえ、ちゃんとすれば、職員さえちゃんとすれば大丈夫、ちゃんと目が行き届かない事が問題だと、わたしも信じてた。まるで日向ぼっこのひとたちのように・・・。

 でも結婚して家庭に入り判った。

 ・・・ああ、家庭を体験した事がないみたい、わたしはと。

 だから、もう間に合わなかった事ばかりの自分に出来る事をしていく、発信もその1つ、エドワードさんへの支持を表明するのもその1つ。今、乳児院にいる子が1人でも多く、たった一人の大人に出会ってほしい。

 わたしは1人が性にあってる子なんて、この世にいないのだと思う。Mariaのところで勝手に自論をぶってすみませんでした。

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「児童養護施設に於ける児童間暴力についてついての論文」の紹介

引用元:エドワード・ブログ 児童養護施設における児童間暴力(日本心理臨床学会第25回大会発表抄録,2006) * 2007年09月22日(土)00時20分児童養護施設における児童間暴力─...

わたしも職員が子ども一人一人に向き合えば良いんだと思い込まされていた

養護施設にいる間の問題 大人は今思うと好き勝手な事を言ってくれちゃって・・・。  わたしの措置カテゴリは要養護児童だ。要養護児童は施設以外の子ども時代を体験した事がないので、すべては養護施設内だけの情報をか
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