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2008-01-20(Sun)

子どもの育つ場所は「家庭」しかない

里親虐待のリスクがあるなら、減らせばいいの。

 森のくまさんが、個人的に子どもたちを里親家庭に結びつけようとしていることは、評価します。Edwardさんからも、いろいろ聞いています。

 だけど、あなたがやっているからといって、日本中の施設がそうではないということです。

 養護施設全体が、子どもを里親に委託する流れになっているのかをあたし達は問題にしています。

 あなた一人がどんな活動をしようと、全国の流れが変わらない限り、何も変わらないのです。(無駄だといっているのではありません)

 あなたの論調は、全体の議論に対し、自分はこうやっていると、ある意味、自己正当化・自己弁護化しています。
 あなたがやっているからといって、日本中の施設がやっているわけではないということ。むしろ、やらない施設がほとんどであることは確認したいと思っています。
遠くに見えるけど五月蠅いわね

 いままで、あたし達に絡んできた施設職員は、養護施設の虐待を訴えるあたし達に、「全ての施設がそうであると思われたらたまらない」といった論調で、たった一つではあるけど、あたし達には全ての子ども時代であった施設の虐待や不適切な処遇を訴えることをけん制してきました。
 
 また、里親優先という全体の流れを訴えることに対しては、「里親不調」「里親虐待」という一つの事例でけん制をする職員も少なからずいました。
 
 全体論に対しては個別事例で反対し、個別論に対しては全体論で反対し、要するに、「総論賛成・各論反対」が施設職員の手法だと、過去の施設生活を思い起こしても、そう思います。
 
 あたしは、「里親不調」を針小棒大に話し、「里親は悪だ」と言わんばかりに、子どもたちにイメージ付けする職員ばかり見てきました。「酸っぱいブドウの理論」のように、手の届かない里親家庭を諦めさせる手段としての里親不調が使われてきました。
 
 家庭虐待や里親虐待などの虐待を強調することで、養護施設の存在意義を高める手法は、施設で育つ子どもたちに家庭への夢を捨てさせ、正しい家庭のイメージを持たせることはありません。

 「里親家庭に虐待があるからといって、里親家庭を否定する論調が、そのまま、養護施設に虐待が多発しているのに、養護施設を否定する論調につながらない」ダブルスタンダードもおかしいと思います。

 あたしは、里親制度を否定する材料として「里親不調」や「里親虐待」を持ち出すことには反対です。

 家庭虐待が表面化するからといって、日本から家庭をなくせ、全ての子どもは養護施設で育てろという論調が論外であることは、どの人も反対しないでしょう。
 「子育ての基本は家庭」であることは、世界スタンダードといっていいでしょう。親が育てられない子どもにとっても、セカンドファミリーとしての里親家庭は、「基本である家庭」を得る唯一の制度です。
 
 ですから、「里親虐待」が起こりうる事を前提として、どのようにそのリスクを減らせるのか。そのために記事を書きました。
 
 「里親虐待」の数が多いと思うのなら、その原因を探り、どのようにすれば減らせるのか、対策を立てればいいの。家庭虐待も同じ。「施設職員は養育のプロ」と自称するのなら、当然、言えるはず。なのに、この答えはなく、筋違いの意見ばかり。

 実親も養親も里親も、養育に不適切ならば、改善することが不可能なら、別の「家庭」に行かせるしかないの。

 子どもが家庭で育つための意見交換、それ以外は、枝葉末節でしかないの、あたしには。
 
 子どもの育つ場所は、「家庭」しかないのですから。

 子どもの養育は、発達心理学で理論化されています。愛着形成の重要性についても、近年、いろいろな論文が出されてきていると聞きます。

 仮に、養護施設が子どもが正しく育つ場所であるならば、その子育て理論を提示すればいいの。

 ひと頃一部職員の間で流行った「集団養護論」は、発達心理学や愛着理論に基づかない机上の空論や観念論、あるべき論(いえ、「こうあって欲しい論」)であったため、「集団養護論」を持ち出す前世紀の遺物的職員は少なくなっていると聞きました。
 「んなこといったら、大学で何を勉強してきたの、と笑われてしまう」と、「集団養護論」を持ち出すこと自体が恥ずかしいという話も聞きました。


 親が育てられない子どもが、
 愛情ある環境で育ち、
 幸せになり、
 未来への展望と希望を持ち、
 社会から脱落せず、
 立派な納税者となり、
 幸せな家庭を作り、
 次の世代を産み、
 捨てたり、
 虐待せずに育てるためには、

 どのような環境で育つのがベストなのか。

 そして、その環境をどう作り出すのか。

 そこから議論をしたいと思っています。


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 森のくまさん、あなたの思考について日々Mariaとも話しています。彼女もわたしもはあなたが「一度も家庭生活を知らない子」について答え切れていない事に限界を覚えています。

 「里親さんはがんばっている」と言う事自体に噛み付きたい心情の森のくまさんは、まるでMariaが、里親さんの資質の問題を度外視している事と勘違いしているところから話は始まっていると思う。
 
 実際は、愛着障害児についての何のデータもなく、里親も、何を学ぶべきか判らない状況に立たされているこの国の問題を提示しています。そしてその答えを出せる児童養護施設とのコラボについて、もともと集団養護の養護施設では、愛着について里親に対して何のアドバイスができるだろう?と伝えています。
 
 里親ががんばっているそのがんばっている内容、状況について考えなければ、単なる言葉の攻撃ででしかありません。
 
 データを出せば全ては明るみに出ると思う一方、データの解釈は同じであるにも関わらず、最終的には心情的なものが出てくるあたり、人間は人間の感覚を持ち続けている事の表れだと思う。
 
 彼女は、見えない戦いをしていますし、見えない戦いをしている里親さんを応援してます。実績は見えなくていいんです、その子が幸せと感じる社会的養護が必要です、そのためには子どもの声は無視できません。
 
 里親の抱える問題、資質の問題、不調が起こる理由、子どもが抱えさせられている問題など、多方面から考えている人です。あなたは、子どもの最善の利益という限定事項についても、真正面から考える事を回避しているように思います。

 里親制度に掛かる資金面、施設との資金の違いなど、一見聖域化することであやふやに逃げています。子どもの最善の利益を図るのが最終目的なら、どうしても経費の話は無視できません。
 
 わたしもMariaも、子どもが一番幸せを実感できる社会的養護という視点を持っている。里親は家庭のモデルケースです。家庭を知らない子にとっての家庭ケースが機能不全では話になりません。しかし、施設は家庭ですらないのです。

 森のくまさんが、養護施設がリードする社会的養護の子ども達について考えているとするなら、捨てられた子ども達が家庭を体験する機会を失い続けます。
 
 あなたは家庭の質がとても低い事に怒りがある。でも施設に虐待がなかったら施設だけで子どもが育っていいのかという質問に答えきれていない。
 
 わたし個人はそこに激しい怒りを覚えます。施設職員は所詮同じという考えを持たざるをえません。もうそろそろ、○○の壁を取り払いたいのです。
 
 わたしもMariaも、あなたがご存知のエドワードさんも家庭というものを一度も体験した事がありません。

 そのことについて、職員も里親委託をがんばっていると言われ続けているわたし達は一体何なの?と問いたいです。

 ムッとして好き勝手にレスしてごめんねMaria。


タブー

横やりを入れます、お許しください。
もりのくまさん様、
「里親不調」「里親による虐待」はタブーですか?ほったらかしで、専門職もいなくて、誰も訪問しないから、表面化してないだけでしょう?タブーではなくて、知られていないだけですよ。

もりのくまさん様が施設職員で、子どものための社会的養護を真剣に考えておられるのなら、あなたが挑戦するべきタブーはもっと他にあるのではないでしょうか。

実家庭での生活を奪われる子どものケースが現実的になくなることはないということを前提にしてお話します。

子どもの発達などの問題から、(特別な例を除いて)施設養護は適切ではありません。つまり、殆どのケースにおいてもう必要とされるべき社会資源ではないのです。必要とされていない(筈の)ものの質の向上に労力を費やすことは、有意義なことだとは私は思えません(無駄というのは言いすぎかもしれませんが)。
一方、里親家庭は、社会的養護を受ける子どもの健全な成長と自立のために(現時点では)なくてなならないものです。その里親制度に「不調」や「虐待」問題があるのなら、その問題解決に取り組むことは有意義であり、施設内の虐待と同等に論じられるべきものではありません。

「里親が里親を増やす取組をしないのはおかしい」ですか?それって、里親の仕事ですか?現状では、とても友人などに勧められないような制度だから、周りを巻き込めないのかもしれませんよ。そういった制度の問題を改善できるように、草の根的な活動は既に始まっていますよ。私からすると、施設職員が施設を減らそうとしないことのほうがよっぽどおかしいですよ。某国の脱施設化を推進させたのは、施設職員ですよ!

Mariaさん、勝手に割り込んで書き込んで・・・ごめんなさい。

カウンターを変えました

 Mariaのところのカウンターを変えました。今までのジャバスクリプト使用のやつだと、ゲストが集中すると今までのカウントが全てリセットされてしまうので、変えました。カウント数を把握してなかったので、わたしのと数値をそろえました。

 ==by管理人通信==

ありがとうございました

 Mriaさん

 私は、社会的養護は、里親・ファミリーホーム・グループホーム・施設が、選択できる状態をつくり、必要とされるものが増加し、必要とされないものは淘汰されれば良いと考えています。
ですから、Edwardさんに、「施設を変わらせようと思うならば、施設を攻撃するよりも里親を増やして、施設と里親を選択できるようにした方が、施設が変わらざる得なくする道なのではないか」と言ったのです。里親が増えなければ選択肢は施設だけとなりますから、Sidoさんに「里親が里親を増やす取組をしないのはおかしいのではないか」と言ったのです。


>里親制度否定する材料として「里親不調」や「里親虐待」を持ち出すことには反対です。

 その通りだと思います。
 「里親不調」を議論の俎上にのせることは、ある種のタブーになっているような気がしています。また、一度「不調」になった里親の多くは、それで里親を続けることを止めてしまうことから、里親の話は成功者だけの話になっている傾向があると思います。人間のすることですから、間違いも失敗もあるのは当然です。「失敗」事例からも学ぶことが、里親制度を発展させる上で必要だと思います。また、「不調」を出した後、心が傷ついた里親の「再チャレンジ」を、どのように支援するのかは重要な課題だと思います。
だから、「不調」の議論ができたら良いと思い、あえて「タブー」に挑戦させていただきました。
 

>やらない施設がほとんどであることを確認したい

言われるまでもなく、全国の児童養護施設の実態はそのとおりです。
始めは、何でも少数で始まります。いずれ広がっていくことを展望して取り組んでいきたいと思います。
この気概がなければ、里親の大幅な増加は、あり得ないのと同じだと思います。

>どのような環境で育つのがベストなのか。
>そして、その環境をどうつくり出すのか。
>そこから議論をしたと思っています。

まったく同感です。
 いろいろな機会に、里親さんと会いますから、その時に意見交換をしてみたいと思います。

丁寧な回答をありがとうございました。
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