2008.08/24 [Sun]
施設育ちと里親家庭育ちは一緒?

里親sidoさんの掲示板にこんな書込があったの。
当事者の会 投稿者:堀場 投稿日:2008/08/21(Thu) 14:43 No.5350
こんにちは、さて下記の集会名古屋で開催されます。
里親さんや里親出身の当事者の方も歓迎しています。よろしければぜひご参加下さい。
↓
1.社会的養護の当事者推進団体 「なごやかサポートみらい」発足式
(発足式終了後に立食パーティーを予定。 会費は1人1000円)。
日時:平成20年9月21日(日)13時〜16時,
場所:日福大名古屋キャンパス南館8階
内容:ー膾甜坩Щ◆↓ 来賓挨拶、
祝辞 茨城県高萩市長 草間吉夫氏(ビデオレター) 児童養護施設出身者、
す岷1 明石書店社長 石井昭男氏 「里子を育てて思う こと」,
講演2 NPO法人日向ぼっこ代表 渡井さゆり氏
「社会的養護の推進団体からNPO法人へ・今までの活動について」,
今後の「なごやかサポートみらい」の活動について 会長 清水真一.
それに対するsidoさんの答えは、里親と養親のおしゃべり掲示板を読んでもらうとして、あたしも施設育ちと里親家庭育ちを一緒くたにすることに不快感があるの。
あの、ひなたぼっこもそうだけど、「施設も里親家庭も一緒だ」みたいなくくりは、はっきり言って、社会の現実や家庭で育つことの意味を知らない人の暴論でしかないの。
家庭を知らないオール施設育ちの問題は、家庭を知っている里親家庭育ちとは別物なの。

こちら⇒社会が作るこどもの傷 【取材記7日目】を読んでもらえば、施設長も自覚している施設育ちの問題がたくさんある。 sidoさんに聞いたら、里親家庭の子どもには、あまり当てはまらないという。もちろん、委託された年齢にもよるけど…
また、里親家庭で育った方たちが作っている SAKURA NETWORK PROJECT を見ても、養護施設で育つことの問題はないの。
あたしは、里親家庭の子どもを入れるのは、「施設も家庭も一緒だ」「家庭で育とうが施設で育とうが変わりない」「だから施設で育った自分たちも同じだ」みたいな心理が働いていると思うの。
でもね、一緒に活動したら、特に過去を語り合ったら、施設育ちは惨めになると思うのよ。虐待里親家庭なら、施設で育った自分の方がましと思うかも知れないけど、里親さんに大学に行くお金まで出してもらった話なんかを聞いたら、怒りが出てくると思うの。

あたしは、以前、里親さんの研修会に出かけた。そこでは、里親家庭を出た子どもたちが活動のカンパを求めていた。ボーとしていたら、にっこりと笑った若い子が「カンパお願いします」とカンパ箱をあたしの前に差し出した。
あたしは、一瞬カーとなったの。
「あんたたち、家庭を手に入れたのでしょう。施設に取り残されたあたしから、さらに何を求めるわけ?」
そういう気持ちがこうじて、息が苦しくなって逃げるようにその場を離れたの。帰りの電車の中は、惨めな気持ちだった。飲まずにいられなかった。
里親家庭に行けなかったあたしが、子どもたちを里親家庭に行かせて欲しいとブログをしている。だけど、オール施設育ちのあたしは、ちっとも救われていない。施設だけで育った現実が目の前に横たわっている。

話が逸れたわ。
書いたら、なんかすっきりしたわ。みそもくそも一緒の活動ができるものなら、勝手にやればと思うわ。
惨めになるのは、間違いなく施設育ちだから…
- at 00:25
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一気に書く。
施設で問題とされる子どもの行動と里親家庭で問題とされる子どもの行動は違うのだから、それぞれに大きくなった子どもが抱える問題もおのずと別物になると今では知っている。
養護施設しか知らないけど、施設では常に自立と集団生活の徹底ぶりだけが日常だった。乳児院にはどうやら「自立哺乳」なる言葉があるほど。
今里親さんたちが、里子に対して家庭で培おうとする個別の愛着や、固定された人との関係性など、養護施設という集団養護の世界では必要とされていなかった。どうせ変わり行く人間関係、どうせ集団生活なのだから、子どもが集団化してくれれば後は自動的に育ってくれるだろう。それを自立や育てあいと称して、子どものニーズを放置している。
わたしは今でこそ里親sidoさんのサイトに近寄れるようになたけれど、ホンの5年前は里親家庭が子どもの育ちに必要だなんて知らずに生きてきた。施設全部育ち自身が自分の育ちの問題に気付かなければ、親から捨てられた子どもが施設で【全部】育つ事を容認し続ける。
子ども時代に、一人の子どもとして生きた事のないものは集団へ戻ろうとするか、さもなくば、中途で施設へ入った子は、職員が一時期向き合ってくれればある程度の満足感が得られるので、施設で子ども時代の全てを育つ問題に気付かない。
里親家庭で育ち、一人の子どもとして迎えられながらも自分の求めが全て叶えられなかった思いを持つ子と、養護施設だけで育ちきり、自分が一人の子どもだった事も知らなかったかつての児童とは違う。
それぞれの問題を先鋭化しなくちゃならないのに、同じ社会的養護という言葉のせいでボカされてしまう。冗談じゃないと思う。施設の子が皆里子として育っていれば、多くの施設育ちが抱える問題は本質が変わり、里親家庭での養育環境の問題となるだけ。
以上。