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2009-05-06(Wed)

施設職員の本音-親や家を失った子どもには「衣食住そして教育」を保障すれば事足りる

Leiちゃんが、ネットで拾ってきた資料なの。
⇒乳児院・児童養護施設だけで育つ事を「事足りてる」と言わないで

事務局長 福田雅章(児童養護施設 養徳園 園長)

 我が国の社会的養護の始まりはいつであろうか。孤児や棄児の保護育成事業は、聖徳太子の時代にその起源を見ることができるが、以降長い間、「慈悲、慈愛、慈善」「博愛」「徳義」といった言葉に特徴づけられるものであった。つまり、宗教的なバックボーンをもつ人々やいわゆる篤志家といわれる人たちがこれを担ってきたのである。
 今日のように子どもの保護育成が国や地方公共団体の責務として行われるようになったのは、昭和22年に児童福祉法が制定されてからである。当時の社会的問題といえば12~13万人といわれた戦災孤児をどうするかということであったが、国の責務として彼らを収容保護したのである。今日の児童養護施設の始まりである。
 巷にあふれた子どもたちをとりあえず保護することを目的にしていたから、器の大きな施設が次々と設立される。中には定員が200名を超える施設も。栃木県でも大きなものは150名定員であった。状況は、大きな災害があったときとりあえず学校の体育館や地域の公民館に身をよせるが、それと同じように押しあいせしあいしながらの生活であった。こうした生活は当時の状況からすればしかたのないことであったが、我が国の不幸は、戦災孤児がいなくなっても、高度経済成長で国全体が豊かになっても、相も変わらず大きな器の施設で押しあいせしあいしながらの生活が続いたことである。
 アメリカでは100年も前に、「家庭は文明の最高の創造物である。故に緊急止むを得ない事情のない限り児童を家庭から切り離してはならない」という家庭尊重の原則が宣言され、保護を必要とする子ども達は養子縁組、または里親委託されるようになっていった。イギリスも同様に、施設はあるにはあるが、定員6名程度のグループホームである。つまり、欧米では、集団の中では子どもは育たないということが定説になっているのである。
 我が国では、バブル期、児童養護施設に入所する子どもが減り、もう戦後の役割は終えたといわれた。この状況がもう少し続いていたら、児童養護施設は淘汰されるとともに里親中心へと変革していったかもしれない。しかしながら児童虐待というパンドラの箱が開いてしまった。巷には被虐待児があふれている。都市部では施設が足らないという。かくいう私の施設も一昨年、定員を40名から50名に増やした。戦後の「収容保護」はいまだに続いているのである。
 社会的養護の枠組みは変わっていないが、要保護児童の特性は変わった。親や家を失った子どもには「衣食住そして教育」を保障すれば事足りたが、親や家を失ったわけではない被虐待児には「大人との関係性の回復」を保障しなければ、彼らの社会的自立は困難なのだ。「収容保護」施設にそれが保障できるのであろうか。
 こうして「収容保護」施設で「大人との関係性の回復」を成し得なかった子どもたちが、それを求めて「星の家」にやってくるのである。
 この方の施設は、以前、あたしが「施設は長く生活するところではありません。」で、紹介した施設なの。
 
施設は長く生活するところではありません。できるだけ早く家庭にもどれるようにしていきたいと思っています。
 でも親や家庭がなくなってしまったときには、里親といって親の代わりとなってくれる人をさがします。
 また、家庭にもどることも里親にいくこともできない場合は、高校を卒業するまで施設で生活することになりますが、…

 長期入所の子どもには里親委託といいながら、里親委託が出来ない場合のルートを示しているの。とても、里親養育に理解のある施設との印象を与えるの。
 
 だけど、Leiちゃんが見つけた会報では、「親や家を失った子どもには『衣食住そして教育』を保障すれば事足りた」という。養護施設の現状を的確に表しているとはいえ、その現状への批判的表現がまったくないの。

 以前、Edwardさんと話したとき、「養護施設の”子どもの人権派”ともいうべき施設職員にも要注意だ」といっていたことを思い出したの。
 Edwardさんたち”里親養育推進派”の意見に表面上は賛成しながらも、本質的には、自分たちの飯の種である施設養育を守ろうとしていると言っていたの。(※Edwardさんに再確認済)
 
 ようするに、”人権派”とはいえ、里親養育には賛成するが、あくまでも施設の経営を脅かさない程度に賛成する施設長たちが少なくないというの。
 
 この方は、アメリカ・イギリスの「親が育てられない子どもの養育方針」を示しながら、日本の里親養育の現状には触れずに、いきなりバブル期の話に展開しているの。
 戦災孤児の話を「災害時の緊急避難」に例えているけど、家族全体で体育館に避難するのと、子どもだけが収容所に入れられ、残りの子ども時代を全て施設で生活するのと、同列に論じることに、論旨のすり替えが見られるの。
 阪神淡路地震から14年経ったけど、緊急避難所は全て閉鎖され、被災者は、すべて退去しているの。だけど、戦災孤児の方たちが全て養護施設を出て行った後も、養護施設は残り続け、本来里親家庭に行くべき子どもたちを収容し続けていたの。
 この方の論旨で行けば、戦災孤児が全員成人する昭和40年には、養護施設は「緊急一時保護所」的役割を終え、なくなっていなければならないの。
 ここにも、この方の論旨の矛盾が見えるの。

 さらに、
>親や家を失った子どもには「衣食住そして教育」を保障すれば事足りたが、
>親や家を失ったわけではない被虐待児には「大人との関係性の回復」を保障しなければ、彼らの社会的自立は困難なのだ

 と、家庭虐待の子どもには「大人との関係性の回復」というけど、そもそも、捨てられた「誰とも関係性を持っていない子ども」は、「「衣食住そして教育」を保障すれば事足りた」という程度の認識しか持っていないの。

 先に紹介した、「親や家庭がなくなってしまったときには、里親といって親の代わりとなってくれる人をさがします」という入所のしおりの言葉と矛盾するの。
 結局、「里親養育推進」という看板は掲げているけど、本音は、ここにあると言えるのね。

 Edwardさんは、「施設の本音は、里親委託をした実績数で評価すべき」といっていたの。あたしも、本当にそう思うわ。口では何とでも言える

 大人との関係性の回復は、集団養育の養護施設では不可能なの。関係性を回復できる大人が必要であるにも関わらず、そのような大人は、施設には数少ないの。
 この方の施設は、50人の子どもがいるようだけど、「関係性の回復」が必要な家庭虐待の子には目を向けられていて、「関係性の0からの構築」が必要な親がいない子どもは無視されているのかしら…

 里親意見書では、養護施設に10年以上入所している子が1割いるけど、この方の施設では、どのような扱われ方をしているのかしら…

>こうして「収容保護」施設で「大人との関係性の回復」を成し得なかった子どもたちが、それを求めて「星の家」にやってくるのである

 ただね、こうとも書いているの。
 施設養育の失敗した子どもたちが「星の家」にやってくるという。

 以前放映された、NHK福祉ネットワーク「シリーズ 傷ついた子どもを支える 第2回 自立への長い道のり」では、この「星の家」が紹介されていたの。
 里親家庭で性虐待を受けて入ってきた子もいた。その里親をどう処分したのか知りたいところだけど、別の話題になるからおいておく。

 この方の文書を読むと、他の養護施設の養育に対する批判がにじみ出ている気がしないでもないの。栃木県といえば、STOPでも、問題施設の多いところと言えるから。

児童養護施設 下野三楽園
児童養護施設  普恵園
児童自立支援施設 那須学園

 また、施設内人権侵害報道の都道府県別内訳によると、栃木県は7件もあり、全体の割合は7.9%となっているの。
 このような、施設内人権侵害が多発し、それが報道される土地柄ということも考慮に入れる必要があると思うの。
 あたしの推測では、栃木県の主流である虐待養護施設への批判がにじみ出ていながらも、里親養育への理解が表面的な「人権派」施設長というところかしら。

 あたしからみたら、同じ穴の狢でしかないのだけど…

 ⇒栃木県の社会的養育の現状をみると、栃木県の施設定員充足率は70.9%なの。にもかかわらず、定員を40人から50人に増やしたのは、なぜかしら?
 理由はともかくとして、50人の定員にしたら、50人の親が育てられない子どもを必要とするということ。子どもを50人入れなければ、この方も給料が満足に支払われないということになるの。

 里親は、子どもを委託されなくても生活には困らないけど、養護施設の職員は、ボランティアで職員をしているのではないから、子どもが措置されなければ、自分の給料に響くということ。
 怒り心頭で、どんどん長くなるから、また書くわね。

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No title

児童養護施設の理事(里親会会長を兼ねる)が週末里親を勧めています。週末里親の経費が誰が負担するのか 長い間 分からなかったのですが、この春にやっと 施設が負担すると聞きました。
と言うことは 週末に施設に居る場合の経費よりも 少ない経費が里親に支払われるか あるいは 理事も無償の奉仕なのだから 週末里親もタダで と頼まれるのかも 知れません。施設は ただ「里親との接触もあります」と広報するために こういう事をしているように思います。入所児童を里親に出そうなどと思ってないです。

おお、文章がいっぱい書いてある・・・

 Maria、相変わらずすっきり溜飲が下がる記事をありがとう。 

だけど、Leiちゃんが見つけた会報では、「親や家を失った子どもには『衣食住そして教育』を保障すれば事足りた」という。養護施設の現状を的確に表しているとはいえ、その現状への批判的表現がまったくないの。

 最初は

 「収容保護」施設にそれが保障できるのであろうか。

 が、何に掛かる言葉なのか分からずに読んでいるうちは、施設養護に対する批判だと思ってたんだよ

 でも、二度、三度読むうちに、

 その言葉は最終的に「親や家を失ったわけではない被虐待児」に掛かる言葉である事に気づいて、だんだんカチンときたんだ。

 この人は「施設は長く居るところじゃありません」と施設のしおりで言っているけど、誰にとって長く居るところじゃありませんなのか、表向きハッキリしてなかったので、以前のMariaの記事にうまく反応できなかった。
 
 でもそんな施設があるなんて・・・と懐疑的だった。

 今回取り上げたこの人の文を読んでると、家庭での被虐待児にとっては大人との信頼回復が出来ない施設収容に否定的なイメージのままに語ったんじゃないかと思えてならない。

 児童養護施設の定員を増やす事で安心感満載なオーラを発している文章を読んでいると、なんだかもう、むりやり変なものを食わされた気がする。いつもわたしは何か引っかかるものから動けないので、今回は、どうしても何かしら物を押さえたかったんだと思う・・・。

先に紹介した、「親や家庭がなくなってしまったときには、里親といって親の代わりとなってくれる人をさがします」という入所のしおりの言葉と矛盾にするの。
 結局、「里親養育推進」という看板は掲げているけど、本音は、ここにあると言えるのね。


 うん、そうなんだよ。「里親を探します」と言いながら、別の資料では「事足りる」と言っているんだ・・・。

 わたしもしつこいな・・・と思うんだけどね。あなたの前に拾ってきた資料を吐き出して、分析してもらって・・・何だか苦労かけるね、ごめんね。
 
 でもいつも思考の整理に役立つ記事をありがとう。 
 

 

 
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