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2009-09-22(Tue)

「おくりびと」を見て思うこと



 昨日(9/21)、テレビで放映していた「おくりびと」を見たの。今年の2月、アカデミー賞外国語映画賞をとったのはマスコミ報道で知っていたけど、単に「お葬式映画」でしょうと、とりたてて見ようとは思わなかったの。
 
 以前、Edwardさんから「施設育ちは、家庭でやるお葬式を見たことがないから、伊丹十三の『お葬式』という映画は見ておいた方がいいよ」といわれ、見たことがあるの。

 たしかに、施設では経験することのない「お葬式」という人間社会の風習を知ることができた。会社でソームをしていると、とかくお葬式に関わる話が多いの。社員だけでなく、取引先や業界関係者、関係官庁など、とにかくお葬式が多いの。
 この話はこの話でいろいろあるのだけど、話を戻して…
 
 最初は、この「おくりびと」という映画も、単なる「お葬式」Movieとしか捉えていなかったの。
「お葬式(伊丹十三)」が日本アカデミーで、「おくりびと」が(世界)アカデミー賞という整理をしていただけなの。
 
 彼が、DVDに録画セットし、さらに放映を見るというので、一緒に、何となく見ることになったの。
 
DSC01067

 で、見ての感想。
 
身内の死って未体験

 子ども時代の全てを施設で育ち、精神病院に入院している統合失調症の生物学的女親しか血縁関係者を知らないあたしは、施設を出るまでは葬式というものを経験したことがないの。
 施設で死んだ子が数人いたような記憶があるけど、単に葬式ミサに参列しただけで、葬儀というものではなかったの。
 彼は祖父母を亡くしているから、子どもの頃にお葬式を体験し、どのようなものかを理解しているという。それ以上に、身内のお葬式は重要なイベントだという認識を持っているの。彼の親戚の葬式に参加したのが、いわゆる「身内」の葬式の初体験。仕事として参加する会社関係の葬式とは大違いだったわ。
 彼は、「村八分をしていても、お葬式だけは村中が手伝う」と蘊蓄をたれる。「村八分」ってなに? と、日本の風習がわからないあたしは、話が脱線していくのだけど…
 
DSC01180

葬式って家族がやるのね

 当たり前っていえば、当たり前の話なんでしょうけど、家庭を知らないあたしにとっては、改めて驚くべくものな訳。あたしが子ども時代に死んだら、家族ではない施設でのお葬式となったと思うし、もし、東京都の施設だったら、子どもの碑に入って、毎年1回、慰霊祭があったのかしら? ちっとも、嬉しくないけど…
 
建設中のスカイタワー

父親と和解できてよかったわね

 主人公は、子どもであった自分を捨てた父親と、最後には和解できたようなのね。でも、もし、あたしの生物学的父親が「死んだ」と連絡が来ても、なんの思い出もないし、思いもないから、気持ち悪いと思うだけ。ていうか、父親の欄が空白だと、来ないのよね。たぶん…

DSC01164

見知らぬ遺体を突然押しつけられても…

 あたしの知っている施設を出た子は、「戸籍上の父親が死んだ」「引き取りに来てほい」と、映画のように地方の警察から連絡がきたの。本人は、「見も知らぬ人間の死体を引き取って、葬式するなんて気持ち悪い」といって拒絶したらしいの。
 おそらく無縁仏としてどこかのお寺に埋葬されたのでしょうね。ひょっとしたら、東京都の老人の碑みたいにところかもしれない。
 あの映画のラストシーンでは、主人公の父親の死体が無造作に扱われそうになったけど、「身内」が現れなければ、やっつけ仕事で葬られちゃうのでしょうね。

ひょうたん

 別の子は、精神病院で死んだ母親の葬式を拒絶し、白菊会に母親の遺体を献体したらしいの。
 「なんでそんなこと知っているの?」と聞いたら、「葬式のお金もないし、母親への思いもないのに、死体を押しつけられても困る」と施設職員に相談したら、白菊会への献体をアドバイスされたらしいの。解剖が終わったら、合同で祀ってもらえるらしいの。

DSC01121

職業差別と施設差別は別物

 主人公は、旧来の友人から「納棺師」の仕事に差別的なことをいわれ、奥さんからも仕事を辞めて欲しいと言われたの。主人公は、はっきりと反論しないで、その仕事で仕事の大切さを理解してもらい、奥さんにも「夫は納棺師です」と言わせるようになるの。
 正面切って差別と戦わず、相手の理解を求めていく手法なのね。

 あたしは、子ども時代から施設育ちということで、いろんな差別を受けてきたの。施設職員や一部の施設利用者たちは、「養護施設が理解されていない」と主張する。養護施設がどういう場所であるか理解されれば、養護施設の子どもたちへの差別がなくなるかのように。
 養護施設の子どもたちへの差別は、捨てられた子どもたちへの蔑視が根底にあると思うの。それが、「親が(どこかに)いる」「捨てられた子どもではない」「虐待を受けた子どもだ」と「正しく」理解してもらったとしても、子ども時代の全てを施設で育つことの是非は議論すらされない。
 仮に、養護施設への差別がなくなったとしても、養護施設は存続して欲しくないし、あったとしても、少人数の短期入所施設だけとなって欲しい。原則は里親委託となって欲しい。
 
DSC00946

施設で育った人に見て欲しい
 
 施設で育った人には、社会勉強として見て欲しいわ。
 家庭の人は、どのように「身内」の死を迎え、嘆き、受け止め、死出の旅に送り出すのか。施設育ちは、どのようなものから疎外されていたのか。
 子ども時代の全てを施設で育つということは、「愛する人の死」というものに向き合うこともなく生きることなの。それは、自分がどのような「死」を迎えるのかにも繋がってくるの。

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Mariaさん、こんばんは。

私もこの映画観ました。
私は映画館で観ました。

映画を観た当時、
自分の親を亡くしてから間もなかったので
悲しくて仕方ありませんでした。

映画を見終わった後、
施設の子たちが親を亡くしたら
どう感じるのかな?と
ちょっと考えてしまいました。

MariaさんとLeiさんのブログを読み始めた頃、
親のことを「生物学的親」と表現しているのを見て、
“随分ひどい言い方だな~”と思っていましたが、
今は、そう表現する気持ちも、
ほんの少しだけ理解できるような気がします。
(自信ないですけど。。)

例え産みの親であっても
何の思い出もなければ赤の他人であって
そんな親に興味を持つとしたら
きっと(里親家庭などで)大事に育てられた後なのかな、
と思っています。




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